その男、猛獣につき
「症例が見えてない?」


「そう。実習生は、レポートを書いて合格を貰おうと、目の前の症例に必死で検査や治療をするだろ。まぁ、俺も学生の時はそうだったんだけど。」


私の質問に、先生は車を発進させながら答えてくれる。



「もちろん、検査技術とか治療技術は大事だ。でも、レポートを書くために目の前の症例はいるんじゃない。実験台じゃないんだ。その症例に何をすればいいのか、真のニーズを見つけること。」

「真のニーズ……。」


先生の話を聞きながら、私は担当している森田さんの顔を思い浮かべた。



「そう。真のニーズを見つけて、それに近づく為には何が足りないかを検査で把握する。そして治療。何よりも大切なことは、まず症例を理解しようとすることだな。」



先生の横顔は、いつもと同じ淡々とした表情なのに、何故か凛として輝いて見える。


いつも涼しげな顔をしているのに、本当はびっくりする程に熱い人。



今日は色々な先生の一面を垣間見ている気がする。

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