シークレットな関係
「今、何を呟いていた?」
「あ・・・聞こえていたの?」
「いや。昔から櫻井は独り言が多かったから、そう思っただけだ。当たりか?」
「当たり。昨日のカフェの雰囲気が好きだから、また行こうかなって」
「・・・ふーん、そうか。俺も、好きだよ」
耳元で囁くように言われて体がぞくぞくと震えてしまい、“好き”という言葉が、妙に耳に残った。
「会議室だとスリルがあるな」
高橋はわざとそうしているのだろうけど、色気のある低い声で囁かれるとたまらない。
「だったら、ここから早く出ようよ。ただの待ち合わせに使っただけでしょ」
「そうじゃねえよ。ここでオフィスラブの練習。櫻井は、黙ってこのまま抱きしめられてろ」
そう言われれば何も言えない。
向かいのビルで動く人をひたすら眺めていると、ちょうど真向いの窓でブラインドが閉められ始めた。
「向こうから見えるかもな」
「え!?うそでしょ!?」
急いで腕の中から逃れようとすると、くるんと体を回された。
「冗談。見えるわけねえだろ」
高橋の大きなてのひらが私の頬をそっと包み、だんだん顔が近づいてくる。
覚悟をして目を閉じたら、額に唇が触れた。
「今、期待したか?」
パッと開いた目に、高橋のイジワルな笑顔が映った。
そう、子供の頃に散々見せられた、あのイヤミな笑顔だ。
「そんなっ、期待してなんか・・・いないから!」
頬に添えられたままの手を撥ねるように退けると、彼はスマホを取り出し小さな声を漏らした。
「櫻井。悪い、俺そろそろ仕事に戻らねえと。送ってやれないから、気を付けて帰れよ」
スマホを耳に当てて足早に会議室を出ていく背中に、お疲れさまと声をかけた。