風流西宝(短篇)
満月に青目
時折、どこか近くの家から、涼しげな風鈴の澄んだ音が聞こえてくる。
そして今夜は、夏というのに、まったくいつにも増して涼しい。
俺は今、縁側で、飼い猫の「青目」と共に、夜空に浮かぶ満月を見上げ、涼んでいる。
青目、というのは、近所の小僧がつけた名前だ。俺にネーミングのセンスは無いようで(俺が考えた名前を告げると、ことごとく却下されたからだ)、小僧がつけたその名を、そのまま使っている。
たまに、光が反射してその両眼が青く澄んだ色になるから。それが理由らしい。
ごろーん。と腹を上に向け、寝そべる青目。頭を俺の膝にすりよせ、気持ち良さそうだ。
猫らしいな、こいつは。
しかし、あれだ。
……あぁ、まったく。満月と涼しい夏夜、優しい風。
本当に、風流なものだ。
俺はふと、死んだ父親がよくここで一人、酒盛りをしていたのを思い出す。
…そうだ。
酒、もってくるか。そして、青目には、好物のレモンの蜂蜜浸けを。
よし、そうしよう。
立ち上がり、少し緩んだ帯紐を締め直す。
傍らでうとうととしていた青目が、何事かと跳ね起きる。
「少し、待ってな。青目が好きなものを、持ってきてやるからな」
すると、にゃー、と返事をする青目。この灰色猫は、実に頭がいい。そして、可愛らしい。
まったく、独り身になった最近、癒されてばかりだ。
ぎし、と歩くと共に音が鳴った。足の裏が冷んやりと、心地よい。
しかし、こんな夏の、青目と過ごす独りの夜も、嫌いではない。
──さて、あの蜂蜜漬けの瓶は、どこにしまったかな?
自然と口もとがほころぶ。
また、風鈴の音が、聞こえた気がした──。
おわり。