【改訂版】キスはする。それ以上も。けど、恋人じゃない。
こういう時こそ時間が憎い。
今だけは、止まってはくれないかと何度感じたか。
だけど結局、進む道しか残されていないのだ。
意を決して、家の中に入る。
玄関には、自分の家には寄らずに直行で上がったと思われる男物の靴が一足。
広めの廊下を突っ切って、リビングのドアを躊躇う指で静かに引いた。
換気扇の回る音も、テレビの光も何もない。
目的の人物は、空間に溶け込むように設置されたソファに座っていた。
静寂と調和のとれた風貌に気力を失いかけて早くも、ぼうっと意識を持っていかれそうになった。
一呼吸遅れて声をかける。
「あ、の……ただいま…」
「ああ…遅かったね、ヒメ」
ゆったりと腰を下ろしていたソファから立ち上がって、近付いてきた。
ひんやりとした指先が頬に触れて、その手に私は無言ですり寄る。