Jewelry Box
Side K
「今日、貴族の屋敷で白を見つけた。御前なら分かるだろう?あの娘が何者なのか。」
今、巷で噂になっている怪盗は相棒兼情報屋に尋ねる。
彼が盗みに入る貴族の家の情報も、街を脅
かす悪党の存在の情報も全てはこの男から得ているのだ。
まさかこの男が知らない訳がないだろう。
「嗚呼、彼女に出逢ったんだ。俺も見て
みたかった。噂の白を。」
やはり、この男は知っていた。
あの娘は囚われの身なのだという。
その尋常でない容貌を恐れられ、父親に閉じ込められているのだと。
理解が出来ない。あんなにも美しく儚げな白が恐ろしいというのか。
ましてや自分の娘なのに、それを閉じ込めているだなんて。
「君が他人を気にするだなんて珍しい。囚われの彼女に同情した?それとも一目惚れ
かな?」
からかいの響きを持って伝えられる相棒の言葉に、なるほどこれは恋なのかと、これ
までの胸のざわめきの理由を知った。
そして、彼は決意する。
Side S
「昨夜、夜の色に出逢ったの。私を見てすぐ去ってしまったけれど。初めて逢ったわ。あんなにも美しく、忘れようもない人に。貴女は彼が一体誰なのか知っているの?」
父から私の世話を命じられている侍女に聞く。少し言葉を発した位でそう脅えなくてもいいのに。
父は一体屋敷の人間に何を吹き込んでいるのだか。
いくら異端の容姿をしていようが私はただの人なのだ。特別な力もなにもない。ただの人でしかないのだから。
「やっぱり何でもないわ。出ていって頂戴。」
侍女を部屋から追い出す。
自らを恐れる人間を隣に置いておくくらいなら、一人の方がずっといい。彼女も私の傍にはいたくないだろうし。
なのに彼女は出ていこうとしなかった。
そんなに私を怖がっているのにどうしたのだろう。
沈黙が続き、そして彼女は私に尋ねた。
「あの、えっと。お嬢様が気にしていらっしゃる殿方はどういった御様子の方なの
ですか?」
まさか先ほどの問いの答えが返ってくるなんて。どうして。
「……そうね。窓からこの部屋に入ろうとしていた彼は、美しいその身を全て黒で覆っていたの。夜の闇に溶け込んでいながらもその闇の中で輝いていたわ。それに、その手に何か持っていたわ。大事そうに。手の中の物も彼には劣るけれど美しい光を放っていたの。」
「…窓から?……それならきっと彼は今世の中を賑わせている怪盗です。いや、怪盗というより義賊という方が正しいでしょうか。」
彼は悪評のある上流階級の人間から美術品や宝石を盗み出し、下位層の人間に恵んでいるのだという。
貴族からは嫌われているが下町の人間には救世主だと尊敬されているのだと。
知りたいことは分かった。けれどどうして彼女は。
「どうして貴女はそれを教えてくれたの?私が怖いのでしょう?どうして先程、この部屋を出なかったの?」
いつも、おどおどしながら私の世話をして、終わったらそそくさと部屋を出ていく彼女が一体何故。
「…お嬢様のことは正直まだ良く分かません。以前はどことなく恐怖を感じていまし
た。その容姿も。何よりも、こんなところに幽閉されていても怒りもせず、泣きもせず、毎日与えられた書物だけを読みふける貴女がその容姿と相まってまるで人ではない者にしか思えませんでした。
けれど、貴女がたまにこの部屋の小さな窓の外を焦がれるように眺めているのを見て、貴女はただの人なのかもしれないと思うようになりました。
そして、今日の発言も。貴女が彼を気にかけているのは、まるで自分を自由にしてほしいと請うているようで。
……少し気持ちの整理をつけたいと思います。今日はもう失礼いたします。」
いつものように動じる様子もなく、そう言って彼女は出ていった。
彼女が恐れていたのは私の容姿ではなく態度だということだろうか。
物心ついた時にはこうして部屋に鎖で繋がれていた。
私に与えられるものは日に三度のご飯と心もとない衣服、それに暇を埋める為の膨大な量の書物だけで。
普通に暮らすことを諦めたのは割と早かったのだ。
そして、彼女が残していった言葉の意味は?私は自由に焦がれているのだろうか。
昨晩、自分と対称的で自由奔放に見えた
彼との、刹那の邂逅に、何故か惹かれているのはそのためなのか。
もしそれが本当ならば私は期待してもいいのだろうか。
彼がその鮮やかな手腕でもってして宝石を
盗み出すように、私のことも盗み出して自由にしてくれるのを。
夢みることだけは許されるのだろうか。
「今日、貴族の屋敷で白を見つけた。御前なら分かるだろう?あの娘が何者なのか。」
今、巷で噂になっている怪盗は相棒兼情報屋に尋ねる。
彼が盗みに入る貴族の家の情報も、街を脅
かす悪党の存在の情報も全てはこの男から得ているのだ。
まさかこの男が知らない訳がないだろう。
「嗚呼、彼女に出逢ったんだ。俺も見て
みたかった。噂の白を。」
やはり、この男は知っていた。
あの娘は囚われの身なのだという。
その尋常でない容貌を恐れられ、父親に閉じ込められているのだと。
理解が出来ない。あんなにも美しく儚げな白が恐ろしいというのか。
ましてや自分の娘なのに、それを閉じ込めているだなんて。
「君が他人を気にするだなんて珍しい。囚われの彼女に同情した?それとも一目惚れ
かな?」
からかいの響きを持って伝えられる相棒の言葉に、なるほどこれは恋なのかと、これ
までの胸のざわめきの理由を知った。
そして、彼は決意する。
Side S
「昨夜、夜の色に出逢ったの。私を見てすぐ去ってしまったけれど。初めて逢ったわ。あんなにも美しく、忘れようもない人に。貴女は彼が一体誰なのか知っているの?」
父から私の世話を命じられている侍女に聞く。少し言葉を発した位でそう脅えなくてもいいのに。
父は一体屋敷の人間に何を吹き込んでいるのだか。
いくら異端の容姿をしていようが私はただの人なのだ。特別な力もなにもない。ただの人でしかないのだから。
「やっぱり何でもないわ。出ていって頂戴。」
侍女を部屋から追い出す。
自らを恐れる人間を隣に置いておくくらいなら、一人の方がずっといい。彼女も私の傍にはいたくないだろうし。
なのに彼女は出ていこうとしなかった。
そんなに私を怖がっているのにどうしたのだろう。
沈黙が続き、そして彼女は私に尋ねた。
「あの、えっと。お嬢様が気にしていらっしゃる殿方はどういった御様子の方なの
ですか?」
まさか先ほどの問いの答えが返ってくるなんて。どうして。
「……そうね。窓からこの部屋に入ろうとしていた彼は、美しいその身を全て黒で覆っていたの。夜の闇に溶け込んでいながらもその闇の中で輝いていたわ。それに、その手に何か持っていたわ。大事そうに。手の中の物も彼には劣るけれど美しい光を放っていたの。」
「…窓から?……それならきっと彼は今世の中を賑わせている怪盗です。いや、怪盗というより義賊という方が正しいでしょうか。」
彼は悪評のある上流階級の人間から美術品や宝石を盗み出し、下位層の人間に恵んでいるのだという。
貴族からは嫌われているが下町の人間には救世主だと尊敬されているのだと。
知りたいことは分かった。けれどどうして彼女は。
「どうして貴女はそれを教えてくれたの?私が怖いのでしょう?どうして先程、この部屋を出なかったの?」
いつも、おどおどしながら私の世話をして、終わったらそそくさと部屋を出ていく彼女が一体何故。
「…お嬢様のことは正直まだ良く分かません。以前はどことなく恐怖を感じていまし
た。その容姿も。何よりも、こんなところに幽閉されていても怒りもせず、泣きもせず、毎日与えられた書物だけを読みふける貴女がその容姿と相まってまるで人ではない者にしか思えませんでした。
けれど、貴女がたまにこの部屋の小さな窓の外を焦がれるように眺めているのを見て、貴女はただの人なのかもしれないと思うようになりました。
そして、今日の発言も。貴女が彼を気にかけているのは、まるで自分を自由にしてほしいと請うているようで。
……少し気持ちの整理をつけたいと思います。今日はもう失礼いたします。」
いつものように動じる様子もなく、そう言って彼女は出ていった。
彼女が恐れていたのは私の容姿ではなく態度だということだろうか。
物心ついた時にはこうして部屋に鎖で繋がれていた。
私に与えられるものは日に三度のご飯と心もとない衣服、それに暇を埋める為の膨大な量の書物だけで。
普通に暮らすことを諦めたのは割と早かったのだ。
そして、彼女が残していった言葉の意味は?私は自由に焦がれているのだろうか。
昨晩、自分と対称的で自由奔放に見えた
彼との、刹那の邂逅に、何故か惹かれているのはそのためなのか。
もしそれが本当ならば私は期待してもいいのだろうか。
彼がその鮮やかな手腕でもってして宝石を
盗み出すように、私のことも盗み出して自由にしてくれるのを。
夢みることだけは許されるのだろうか。