たとえ声にならなくても、君への想いを叫ぶ。
ほんの少し興奮気味にあったアキの言葉を遮って言葉を重ねれば、アキは狐に摘まれたような顔をして言葉を止めた。
─── あの時。
確かにアキの言う通り、あの痴漢を捕まえようと思えばそれは簡単なことだった。
たまたま隣に立っていたあの子に、何気なく落とした視線。
すると何故か、その子は涙目で、鞄を持つ手が小刻みに震えていた。
最初は具合でも悪いのか?と思ったけれど、そうじゃないと気付いたのは─── 斜め後ろに立つサラリーマンのオッサンが、異様にその子へと身体を寄せていたからだ。
勘付かれないように視線を静かに落とせば、その子のスカートに触れている、オッサンの右手が僅かに見えた。
(……朝から、何やってんだよ)
心の中でそう零せば、怒りと同時に─── 情けなさが、込み上げる。
それというのも、痴漢行為をしているサラリーマンのオッサンは、多分、自分の父親と同年代程の男で。
ポールを持つ左手には……律儀にも、結婚指輪が光っていた。