たとえ声にならなくても、君への想いを叫ぶ。
 


(……面倒くさい)



こういう時、こんな風に目敏い自分が嫌になる。


今ここで、女の子のお尻を触っているであろうオッサンの右手を掴まえて、痴漢として駅員に突き出すのは造作もないことだ。


自分の娘と同じ年齢でも可笑しくない女の子に痴漢行為をするような、この恥ずかしいオッサンがどうなろうが、正直俺にとってはどうでもいい。



─── ただ。

このオッサンが捕まったら、その時、このオッサンの家族はどうなるんだろうと、左手の結婚指輪を見て思ってしまった。



痴漢は一度捕まれば、本当にやってなくて無罪を主張したとしても受け入れられず、冤罪(えんざい)となる可能性が高い。


オッサンの場合、女の子の証言まで取れる上に、第三者の俺に見つかって捕まるんだから、どんなに無罪を主張したところでダメだろう。



(まぁ、こいつの場合実際やってるし)



だけど……そうなった時。


オッサンの家族は、間違いなく巻き込まれるのだ。


そう思ったら、そんな風にオッサンの家族全員を道連れに、地獄へと転落させることが───


それを決断する勇気が。俺には、なかった。


 
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