たとえ声にならなくても、君への想いを叫ぶ。
 


「……今日は、そっちの家に行ってもいいかな?」


「うん?」


「そっちの……父さんと、母さんと住んでた家に。今日だけは……帰っても、いいかな?」



父の背中に向け、消え入るような声でそう尋ねれば、驚いたように目を見開いた父。


そんな父の様子の変化に、勢いに任せて自分達の距離を間違えたと、再び後悔に息を飲んだ。


けれど、思わず逃げるように俯いてしまった俺を慰めるように─── 頭の上に何年ぶりかもわからない父の大きな手が乗せられて、今度は弾けるように顔を上げれば優しさを宿した父の瞳が俺を見つめていて。



「……いつまでいてもいいから、帰って来なさい。あそこは、お前の家でもあるんだから」


「っ、」


「お前が住んでる今のマンションは、一旦引き払おう。少なくとも、お前が高校を卒業して受験が終わるまではウチにいなさい。その後のことは、また改めて話し合えばいい」


「でも……、」


「いいんだ、お前は何も気にしなくて。お前が病院に顔を出してから、相手の女性とも何度も話し合って……今は、あの家には誰もいないから。お前がしっかりと大学を卒業するまでは、お前がいつでも帰って来れる環境にしておこうと話がついたとこだった」


「っ、」


「……樹生。今まで、独りにして悪かった。今更だが、こんな時くらいは親らしいことをさせてくれ」



そう言うと、また何年ぶりかもわからない笑顔を見せた父に、今度は鼻の奥がツンと痛んで、それを誤魔化すように慌てて拳を握り締めた。


そんな俺を知ってか知らずか、再び背を向けて歩き出した父と2人で、帰り道に一人暮らしをしていたマンションに寄って、必要な荷物だけを運び出した。


その間も休む間もなく鳴り続けていた、携帯には気が付いていたけれど。


いつだって、知らず知らずの内に傷付けることばかりを選んでしまっていた俺は───


また自分のせいで傷付いてしまったであろう栞の声に、言葉を返す勇気が今は持てなかった。



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 『Sasanqua(サザンカ)』

 ひたむきな愛


 
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