二人の穏やかな日常
「目が覚めたら目の前によぼよぼのお婆ちゃんが自分の真っ正面に立ってたらしくて、慌てて席譲ろうとしたけど、ちょうどそのときにそのお婆ちゃんが電車から降りた。……って話を、すごく暗ーい声で話してくれて」
「へ、へー……?」
「このお婆ちゃんはいつ乗って来たんだ、俺の眠ったすぐあとだとしたら、二十分間……二十分間俺はお年寄りを自分の前で立たせていたということだ……!なんで俺はすやすやと眠りについていたんだー!って」
「……」
「いやよくお前そんな一つのエピソードでそこまで暗くなれたなってくらいに落ち込んでた。あれはウケたな。その日のテストそれ気にしすぎてあいつの点数とは思えない点とってたし」
ケラケラ笑いながらジンジャエールを飲むお兄さん。
今の話を聞いていたのかいないのか、足をぶらぶらさせてオレンジジュースを飲む智輝くん。
そして私はココアを飲みながら、斎藤さん天使か、と無表情で悶えた。
「そうですよね……そんくらい、優しい人なんですよね」
「そうそう。まあ俺は、自分好みの女に対しては優しくはするけどね、あいつは老若男女皆に優しい。その点においては尊敬するよ」
「ハハ……」
そう。斎藤さんは優しい。断れない。
だから今だって、全然知らない子に頼まれて、ファッションショーのためのウォーキングを教えにいってあげた。
デート中の、彼女をほっぽって。
……でも残念ながら私は、斎藤さんのそういうところに惚れたんだろう。複雑。
だけどなんだろう。なんだか、嬉しい。
「私、斎藤さんを好きになって良かった」
思わず呟くと、お兄さんが一瞬目を丸くしたあとで、すぐに微笑んだ。
「でもさ、あいつも百合ちゃんと付き合って、いつも仏ってわけにもいかなくなったみたいだね」
「えっ、なんですかそれ。私が斎藤さんに悪影響を及ぼしてると……!?」
怯えた目でお兄さんを見ると、ふっと微笑んで「じゃなくて」と続ける。