二人の穏やかな日常
声が裏返ってしまったけれど、案の定富井くんはそれに触れるでもなく気にするでもなく、話し続ける。
そういうところは、助かる。
「俺思うんだけどね、百合ちゃんの弟が【竹下】好きならさ、おそらく原作もばっちり読んでるじゃん?」
「う、うん、そうだろうね」
「で、原作読んでない百合ちゃんがチェックしても、百合ちゃんの弟と感じ方が違わないかなーって」
それは私もそう思う。
富井くん、案外そういうことばっさり言うタイプなんだ。
「ね……」
「まあ俺としては原作に劣る劣らないは別として、【竹下】が原作ならはずれなわけないと思うけどね!」
どんだけ人気なんだ竹下。
長い列の後ろの方で二人並んで、ぼんやり富井くんの話を聞く。
聞きながら、勿論頭の中で富井くんの言葉を頭に入れてはいるんだけど、やっぱり頭の隅っこの方では、斉藤さんの「可愛いですね」がいまだにぐるぐるまわっていた。
免疫ができたから斉藤さんのだけドキドキしたんだ。
私は、〝斉藤さんだから〟〝斉藤さんにこそそう言われたかった〟という二つの考えに、精一杯気付かないふりをした。