二人の穏やかな日常
「あ、もしかして昨日届かなかったのかな?ごめんね気付いてあげられなくて!私が消してあげるから座ってな?」
「なめんな届くわー!」
お前こそどいてろ!
と私の肩を押し退けて一人で暴れるように黒板を消すホーリー。
残念ながらかなり上の方から書かれていて、あと少し、届いてない。
「とってもキュートだよホーリー!」
「あははピョコピョコしてるー」
「きゃわいー」
と三人で優しく見守っていて、
〝可愛い〟で、また、思い出してしまった。
斎藤さんの「可愛いですね」を。
またか。
私これいつまで引きずるんだ。
良い加減しつこいって。
結局あれは、斎藤さんの「可愛い」はレアだから、という結論に至ったんだ。
「ねえホーリー」
「ああん!?」
「ちょっと私に向かって可愛いって言ってみて」
「はあっ!?」
それなら、ホーリーに言われたら私はドキドキして仕方なくなるはずだ。
十年以上の付き合いだけど、こいつからそんな台詞は聞いたことないんだから。
「なんでホーリーに!?そんなの俺が何万回でも囁いてあげるのに!」
「トミーから言われたところで何もレアじゃないしそもそも囁いてとは言ってない」
「そんな……!」
トミーは「聞きたくない聞きたくない」と、耳を塞いでしまった。
再びホーリーに向き直る。
「なんでそんなこと……」
「良いから」
「……か、可愛い」
「……なるほど。どきどきしなかったわ」
「んだとコラ!」
ホーリーは黒板消しを床に投げつけた。
白い粉が舞う。
だって、どきどきしなかったんだ。
見事に、ぜーんぜん。
……やっぱり、やっぱり。
私が斎藤さんだけにどきどきしたのは。それは。
「トミー」
耳を塞いでいたトミーの手を取り、呼び掛けた。
「ごめんね私、他に好きな人できたみたい」
……好きだからなんだ。
そんな単純な理由だったんだ。