二人の穏やかな日常
それからお父さんがほろ酔いご機嫌で帰ってきて斉藤さんの名前を出したのは、数日後のことだった。
「今日隣の斉藤さんとたまたま店で会ってな、一緒に飲んできたぞ。モデルさんだっていうけど、全然気取ってなくて、若いのによく出来た人だったなー」
斉藤さんの作戦はお父さん以外全員が知っていたので、その瞬間に食卓の空気がほんの少し、張り詰めた。
ただお父さんが斉藤さんを誉めてくれたことはすごく嬉しくて、緩む頬を抑えられない。
そりゃあ作戦ではあるけど、今お父さんが言った斉藤さんの性格は本物だし、好きな人のことを親が誉めてくれるのは、当たり前に嬉しい。
「それは良かったわ!せっかくお隣さんになったんですもの、仲良くなるに越したことはないものね」
「ああ。そうだね」
相変わらずラブラブな雰囲気を醸し出して、家族全員食卓についた。
「斉藤さんと、どんな話したの?」
隆二が早速お父さんにナイスパス。
「うーん、お互いの仕事のこととか。分野が違うから面白かったぞ。あと、隆二百合、お前ら風呂で熱唱してるの丸聞こえらしいぞ」
「そうなの!?」
斉藤さんの話題では無難に黙りを決め込むつもりだったのに、反応せずにはいられなかった。
そんな……あの熱唱聞こえてたなんて……。
斉藤さん教えてくれたら良かったのに。恥ずかしすぎる。
「まあ斉藤さんは優しいから、それを聞くのも一つの楽しみになってますなんて言ってくれたけどな、お前ら世間は斉藤さんみたいな温厚な人ばかりじゃないぞ。気をつけろ」
「うぁい……」
隆二と二人、揃って弱々しく返事をした。
なんか説教された……。
「また飲めたら飲みましょうってことで、連絡先も交換した」
「あら良かった!新しい飲み友達が出来たわね」
幸い説教は長引くことなく、またお父さんのご機嫌がぶり返す。
斉藤さん、さすが。ぼんやりふわふわしているようで、案外頼れてしっかりしてる。
そういえば斉藤さんってそういうとこ、お母さんに似てるかもしれない。
だからお父さんも斉藤さんに心を開いたのかな。