二人の穏やかな日常
「……盆栽って」
「ん?」
「水やり霧吹きでやるイメージでした」
斉藤さんがフランスへ行っていた一週間、毎日ジョウロでたっぷりと水をやった。
盆栽って普通に水を欲するものなんだ。
「ああ、葉水ですね」
「葉水?」
「夏はしますよ。葉にシュッて。葉が元気になるんです。ほら、あそこ今年の夏使ってた霧吹き置きっぱなしにしてるでしょ」
そう言うと斉藤さんはテレビ台の上に置かれた空っぽの霧吹きを指差す。
「さ、そろそろ戻しますね。盆栽」
立ち上がると斉藤さんは盆栽をそっと両手で持ってベランダに運んでいく。
後ろ姿を見て、思わずため息が出た。
……足、長い。
正座していた足を崩して真っ直ぐに伸ばした自分の足を見下ろす。
くっ、短い……。
「何してんですか?」
戻ってきた斉藤さんが不思議そうに私を見た。
「どうやったら足長くなりますか?」
「足?もうそれ以上伸びないんじゃないですか?」
「やっぱそうですかね……」
もう成長期は過ぎたのか、この一年で身長は伸びるどころか二ミリ縮んだ。それは誤差の範囲だろうけど。
足を伸ばすように擦っていると、斉藤さんのスマホが音を鳴らして。
「ちょっとすみません」と斉藤さんがスマホを触る。
「……そんなことより前原さん」
「はい?」
「今夜前原家にお邪魔することになりました」
足を擦っていた手が止まる。
顔を上げると斉藤さんが私にスマホの画面を見せていた。
『今夜うちで飲みませんか?』
ガラケーの父からのメールだった。