その時にはもう遅かった
「神崎さん。」

不意に名前を呼ばれて私は身構えた。

だって声の主はあの夏目くん、でもいつもと違うのは結構な距離を置いて呼び止められるように声をかけられたこと。

「…はい。」

視線だけで確認すれば今日は周りに人がいる。

なるべくの平常心を心がけて私は近付いてくる夏目くんを迎え撃とうと決意の深呼吸をした。

「旭デザインにパイプがあるって聞いたんですけど神崎さんで間違いないですか。」

それは至極真面目な仕事の話で私は思わず瞬きを重ねてしまう。

え、仕事?

そんな言葉を呟きそうになるけど慌てて頭を働かせてその質問の答えを用意した。

「はい。パイプといっても大したものではなくて、あちらの営業部長さんと連絡は取りやすい位で。」

「十分ですよ。今から少し時間をもらえますか。」

「あ、はい。」

「じゃあ、あっちで。」

そう言って夏目くんが指した場所は窓際の会議スペースの様なフリーの場所だった。

誰でも打ち合わせに自由に使えるその場所は軽い面談にもよく使用される。

私は適当に必要そうなファイルと携帯を手にして夏目くんの背中を追った。

案の定、寸分のズレもなく仕事の話で旭デザインの癖の様なものを夏目くんに伝えていく。

どうやらこれからの商品にマッチしそうな会社らしいのだ。

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