不器用な愛を刻む
そんな風に思いながら
善が自身の気持ちの整理に
苦しんでいる時──
不意に扉の向こうから
声がかかる。
「……善、様…。」
「───!!」
その声だけで
誰と聞かずとも存在に気づく。
善は1度目を閉じてから
静かに…入る許可を下ろした。
「…っ………善様…。」
「……よォ。何だか久々だなァ。
…ここで毎日会ってたってのに。」
まぁ俺ァ寝てたけどよ?
と
善は以前と同じような様子で
椿に話しかける。
───ただし、顔は後ろへ向けずに。
「本当に…目覚められて良かったです。
っ…ほんとに……。」
「何だァ?お前も泣くのか?
フッ……行動が同じなんて…随分仲良しなこった。」
「………え…?」
起き上がっている善の後ろ姿を
眺めただけでも
嬉しさで涙がこみ上げてくる椿に
善がそんな言葉を向ける。
何のことか、といった様子で
声を上げた椿に
善が自嘲混じりの笑みをこぼして言う。
「ここの人間から聞いた。
…お前と喜一が、婚約してるってな。」
「───っ!!」
「フッ…まぁお前、あいつのこと気に入ってたもんなァ。
いつから好いてたんだよ、あいつのこと。」
言ってくれりゃ
仲介ぐれェしてやったのによ
と 椿に言う善に対して
椿は一瞬
石にでもなったように
目を見開いたまま固まっていたが
やがて…
少し下を向きながら
静かに、善に言葉を返す。
「……喜一さんには、本当に良くしてもらっています。
…善様の命を救ってくださったのも
彼のおかげ…ですから。」
尊敬もしながら
彼のことを……愛しています。
椿は重々しく口を開きながらも
気持ちを悟られないよう
善にそう告げる。
───自分は彼の元を離れる決意をした。
例え喜一との婚約が
それを実現するための
手段にすぎなかったにしても
…善にだけは
その事実を、知られてはいけない。
「……ハッ、そうか。
こりゃあ喜一に礼を言わないとなァ。」
「………。」
「…これで俺もお役御免だ。
お前もやっと、本当に幸せになれる。」
そんな椿の思いも知らず
善は善で
事実を知らないまま
自分の気持ちを隠すように
椿に、そう言葉を続ける。
──互いに 嘘の気持ちをぶつけ合う。