不器用な愛を刻む
───椿が、自分の全てだった。
玄関を見ても
すぐに椿が扉を開けて
嬉しそうな顔を出すような気がする。
台所を見ても
椿の後ろ姿が見えたような気がして
あいつの作った料理の味も---蘇ってきたりする。
窓辺の俺の特等席にも
たまに座っていたのを思い出す。
俺の帰りを待って
さほど寝ることに使わなかったであろう
この部屋でさえ
ほんの少し
あいつの香りが残っている気がする。
───この本も、たまに読んでたな。
───あぁ、この家具は
あいつが気に入ってたやつだ。
───はじめの方はこの机で
何か書くことに励んでいたりしたな。
「っ……椿……。」
善は
誰もいない静かなその部屋を見渡しながら
蘇る思い出の数々、
椿の特徴や
好きなものを思い出して
苦しそうに──目を閉じる。
(………どうして、こうなった。)
あの日俺が戻るのが
もう少し…早かったなら。
あの時に集中して
銃弾を受けていなかったら。
自分が早く
あいつを外に連れ出していたら──。
(……俺が…お前のそばに、いれたのか。)
───なぁ椿…
教えてくれよ。
善はそんな風に思いながら
思わず顔を俯かせた。