不器用な愛を刻む
「……やっと帰ったな、あいつ。」
「ふふ、そんな風に言って
楽しそうにしてたじゃないですか。」
───そしてそれから少しして
喜一が帰ると
善がそんな事を呟く。
それに対して椿が笑みをこぼしながら
そう返すと
善はフッ、と鼻で笑ってから
いつかと同じように
いつもの定位置に座りながら
考え込むように 遠くを見つめる。
(………?)
善がそんな行動をする時は
決まって 何か考え事をしている時だ。
椿はそんな善の様子を見て
少し心配に思いながら
食器を片付けていく。
「………なぁ、椿。」
そんな風にしていれば
不意に静かな部屋で
善が彼女に話しかける。
「…?何ですか?」
椿が優しく
善の声掛けに対して そう返すと
善は 真剣な表情は変えずに
顔をこちらに向ける。
「…結婚するか。」
───ガシャンッ!
善がそう言った瞬間
台所で
食器を落とす音が響いた。
それから
何も言わずに固まっている後ろ姿に
善がクスッと
妖しい笑みを浮かべながら
ゆっくりと近づく。
「……どうよ、返事。」
そう尋ねながら
固まっている椿の体を
後ろから抱きしめるように
腕を回して、耳元で囁く。
大きく騒がしい彼女の心臓が
善にも伝わって、
彼はまた笑みを深めながら
椿の首筋に 唇を寄せた。
「っ……あ、あの、善様…?
そんな突然、ご冗談を……。」
「俺ァ冗談でこんなこと言わねェだろ。」
「で……でも…。」
ついこの前、気持ちが通じ合って
そんなすぐに
結婚の言葉が出るとは思っていなかった。
むしろ椿は
結婚なんてしなくても
彼の側に居られるなら
それだけで十分だと思っていたのに───。
「……夢、じゃないですよね…?」
「あぁ…夢じゃねェよ。
夢だったら俺が困る。」
「っ……。」
「………椿、返事くれよ。」
そう言って
更に彼女を強く抱きしめる善。
その彼の腕に
椿も そっと…手を重ねた。