不器用な愛を刻む
少し経つと
話し合いが終わって
喜一は手に持っていたシルクハットをかぶって
正装に身を包む。
「それじゃ、よろしくね善。
…椿ちゃんもお仕事頑張って。」
優しい笑みを私たちに向けて
彼はそう言うと、お店を出て行った。
静かになる店内に
私がお茶の入っていた湯呑みを
片付けていると
「………椿。」
善がふと 口を開いた。
椿がその声を聞いて彼を振り返れば
善は窓から差し込む
月明かりに照らされながら
静かに椿に視線を向けていた。
「…お前…今夜と明日の夜は
絶対にこの部屋から出るんじゃねェぞ。」
そして
---まるで忠告するような
そんな意味を含んだ言葉を椿に告げて
善は窓辺から離れて
店から出て行ってしまった。
(……善、様……?)
そんな彼の様子に
何だか嫌な予感がした椿は、
不安げな視線を
彼が行ってしまった店の入り口に向けて
静かにその場に立っていた。