不器用な愛を刻む
『鬼を差し出せ』
-----それからしばらくして
ある日の夜のことだった。
「…俺ァ出かけてくるが…
くれぐれも夜中は気をつけろよ。」
「はい、承知しています。」
「-------じゃあ、行くぞ。」
昼間
そう言って出て行った善を待つべく
椿は店のいつもの椅子の上で
1人彼の帰りを待っていた。
(……いつ見ても 本当に綺麗…。)
机の上に置いてある
善から貰った簪を
月明かりに照らしながら眺めて
椿は思っていた。
───彼からもらった物は全て特別。
今まで貰った
着物や帯…筆なども
椿は自室にきちんと取ってあった。
その中でも、これはお気に入りで──。
『……似合ってんじゃねぇか。』
彼に言われた素敵な言葉が
頭の中で再生されて
椿は頬を染めながら
嬉しさに浸る。
他の何物にも勝らない
この簪と、彼の言葉-----。
椿はそれを眺めながら
静かに善の帰りを待っていた。
(…もうすぐ日付が変わる…。
きっとそろそろ善様も帰ってくるよね…。)
夜遅くなるときは
この時間帯に帰ってくるのが常だった。
それを承知の椿は
少し心躍らせながら
彼の帰りを待ちわびていた。
─── カチャ…
「…!」
その時だった。
玄関の方から
小さくだが物音が聞こえて
椿は思わず立ち上がって
玄関へと駆け寄った。
「……お帰りですか?」
小さく玄関の先にいるであろう
彼に話しかける。
しかし
いつもなら ククッ、と笑みをこぼす
彼の声が…聞こえない。
(………?)