天使の梯子
「あの患者の入院の指示を出したら当直医に引き継ぐから。ここで待ってて」
それだけ言って、私に背を向けて歩いていくその人に慌てて声をかける。
「ちょっ、バッグ返してください」
白衣を翻して振り返ったその人は、私に不敵な笑みを向ける。
「返すわけないだろ。逃げるのわかってるのに。大人しくそこで待ってろよ」
今度こそ行ってしまって、足音が聞こえなくなってから脱力して待合室のソファに座りこむ。
土曜日だから今の時間は外来も休みなんだろう。シーンとしたその空間を、じっと見つめる。
まさか、あの人とまた再会することになるとは思っていなかった。
私、松本楓(まつもと かえで)とあの人……諏佐瑛仁(すさ あきひと)は、四年前まで付き合っていた。
出会ったのはもっと前で、私は十九歳で看護学校の一年生。
あの人は二十三歳で医大の五年生だった。