天使の梯子
『ああ、俺も。ごめんな、忙しくて、なかなか時間を作れなくて』
「ううん。忙しいのに、時間を作ってくれてありがとう」
どうしてだろうね。最後と決めたら、言いたいと思っていたことが言える。
いつも思ってたよ。会える喜びが先にたって言えたなかったけど、時間を作って私と会ってくれてありがとうって思っていた。
『楓?どうした?』
いつもと違う私に勘づいたのか、そう聞いてくる暎仁くんにドキッとしながらも笑ってごまかす。
「どうもしないよ。明日、楽しみにしてるから。まだ仕事中でしょ?」
『ああ』
「もう戻って。わざわざありがとう」
そう言った私に、短い返事をして電話が切れる。
良かった、変には思われていない。きっと今も忙しい中で時間を作って私に電話をくれたんだろう。
もうすぐ使わなくなる携帯をテーブルに置いて、まだまだ出るはずもないお腹をそっと撫でて微笑む。
「お母さん、もう泣かないからね。強くなるよ」
聞こえるはずもないのに、お腹にそう話しかけた。
その時にはもう私は働いていた病院を退職して、新しい家に引っ越していた。
「大好きな人に、さよならを伝えてくるね」
明日で、すべてが終わる。
ズキリと痛んだ胸を痛みを、私は無視した。