天使の梯子
次の日、私は暎仁くんのマンションに向かった。ここに来るのも最後なんだなと思いながらエレベーターに乗る。
廊下をいつもよりゆっくりと歩いた。少しでも別れの時間を先延ばしにしたかった。
往生際の悪い自分に苦笑いをして、深呼吸をしてからインターフォンを押す。
少ししてからドアが開いて、暎仁くんが顔を出した。
「ごめん、迎えに行けなくて」
「大丈夫」
家に入った私を、すぐに暎仁くんが抱きしめる。その身体を抱きしめ返して、そのぬくもりを、香りを覚えておこうと目をつむる。
「楓、なんか痩せた?」
腰に手を回した暎仁くんにそう言われて、私はギクッとした。
気づかれない訳がない。最後に会ったときから、五キロ以上体重が減っている。
それを悟られないように暎仁くんを見上げて、ニコッと笑った。
「そう? ダイエット成功したかな」
私の返答に暎仁くんは物凄く嫌そうな顔をして、私の腰を掴む。
「元々細いのに。それ以上痩せてどうすんだよ。なんだこの腰。抱き心地悪くなるから、ダイエットとかやめろ」
もうこうやって抱きしめられることもないから、抱き心地なんて気にする必要もない。
それを隠して笑顔でうん、とうなずいて私は暎仁くんを見上げる。