きみに触れられない
「先輩の胸が上下して、ああ、呼吸してるんだって分かるけど、それだけで。

変わってなかった。何もかも変わってなかった。

すごく、悔しいって思った」


カナは自転車の持ち手に乗せていた拳を硬く握った。


「声をかけても、体を揺すっても、ピクリとも動かない、目も覚めない。

悔しいくらい何もできなかった」


悔しいんだ。


呟いたその瞳は哀しかった。


私はカナに何と言ったらよいのか分からなくなった。


でも、カナに悲しい顔をしてほしくなかった。


「あ、ここでバイバイだな」


カナは立ち止まった。

顔をあげると、そこはいつもの分かれ道で。


カナは「じゃあ」と片手を挙げて自転車で去っていこうとした。

私は思わず呼び止めた。


「どうした?」


カナは困ったように眉を下げて笑う。

そんな笑い方、カナには似合わないと思った。


カナがそんな笑い方をしなくても済むように、私に何ができる?


「カナ、部活頑張ってよ」


私は声を振り絞った。


「試合、近いんでしょ。その先輩が目覚めたとき、いい報告ができるように、勝って」


するとカナは目を見開いて、ふっと柔らかい笑みをした。


「おう」


最後に見たカナの笑顔は、白い歯を見せて笑うカナのいつもの笑顔だった。
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