きみに触れられない


感情的になった脳は、ヒートアップして冷静さを欠いていた。

言ってから、ようやく気づく。

こんな言い方をしてしまったら、ハルを傷つけることだってあり得るのに。

私はハッとして、口を噤んだ。


「あの…ハル、ごめんね。ちょっと、混乱してて…」


私が謝ろうとすると、ハルは「いや、謝らなくていいよ」と制した。


「みーちゃんが混乱するのは、仕方がないというか、当然のことだと思う。

びっくりするよね、自分が今まで普通に接してきた相手が、他人には見えないんだから」


そりゃそうだよ、とハルは自嘲的に笑った。

その笑い方は、いつものハルの笑い方じゃなかった。

くしゃりと目を細めて笑う、ハルの笑顔じゃなかった。

苦しそうで、悲しそうで、今にも消えてしまいそうなくらい儚い、そんな笑顔だった。

痛かった。

そんなハルの笑顔を見るのは、心が痛かった。

やめて、と叫びたかった。

そんな笑顔をするのはやめてと言いたかった。

でも、言えなかった。

そんなこと言ったらハルが消えてしまいそうで怖かった。


私とハルに沈黙が訪れて、ハルはしばらく下を向いていた。

私はハルを見ていた。

ハルから目が離せなかった。

しばらくするとハルはハッと顔を上げて、ふにゃりと笑った。

目を細めて、口端をきゅっと引き上げて。

ああ、無理して笑っているんだと一目で分かった。

見ている方の胸が痛む笑顔だった。
< 166 / 274 >

この作品をシェア

pagetop