きみに触れられない
「ありがとうね」

しばらくして綾芽ちゃんは笑った。

まだ痛々しさが残る笑顔だったけれど、どこかすっきりしたような笑顔でもあった。


「私、何もできなかった」


綾芽ちゃんは首を横に振った。


「ミサに話を聞いてほしかっただけだから。それに、ミサ、隣にいてくれたでしょ。それがすごく嬉しかった」


綾芽ちゃんの瞳から零れ落ちた涙の跡が、伝った頬に残って陽に照らされていた。


それから二人して教室に帰ると、綾芽ちゃんは「部活に遅れちゃう!」とスクールバッグと部活で使う道具が入っているのだろう白のエナメルバッグを担ぐとすぐに教室を出て行った。

私はそのあまりのスピードに呆然としてしまって、あっけにとられた。

それからゆっくりと帰り支度をしていた。

今日は塾はお休みだから、特に放課後に用事があるわけでもない。

傾いた陽が、教室に差し込む。

机も、黒板も、柔らかなオレンジに包まれていた。

柔らかな光に目を細めながら、教科書をカバンに詰めていく。


綾芽ちゃんが、カナにフラれた。

あの綾芽ちゃんが、私の憧れが、カナのものにはならなかった。

カナは遠くにいかなかった。

誰かのものになってしまわなかった

そのことは喜ぶべきことなのかもしれない。


だけど、そんなに嬉しくはなかった。


ああ、そうなんだ、みたいな。

情報を聞かされて、それを聞いて、納得、みたいな。


ああ、良かったととても安堵する、というわけでもない。


それなら、私はカナのことを恋愛対象として好きなわけではない?

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