きみに触れられない
いつもカナは明るくてバカなことだってするけれど、誰かに対して怒鳴り散らすようなことは今まで一度もなかった。

怒るときだってあるけれど、それは身内の誰かがやられたときくらいで、自分の都合で怒ったりはしない。

心の中で感情を閉じ込めて、怒っていてもどこかで冷静さを保っている、そんなひとだ。


「嘘だ!だって、先輩は!」

「奏人、落ち着けって!」


押し寄せる激情を、統制しにくいその感情を、いつもコントロールして、必要以上に感情を爆発させることはない。

だからカナがこんなに取り乱して感情をあらわにしているところを見て、すごく驚いた。


「なんで、先輩、そんな…」


カナはいきなり脱力したようにガクッとうつむいた。


その声は弱々しくてか細かった。


いうなれば、絶望。


その単語がいちばん今のカナに合っていた。


「…お前がいちばん先輩と仲良かったもんな」

蓮という人がカナに声をかける。


「…中学校からの、付き合いだから」


カナはか細い声で答えた。


「憧れだって言ってたな」


まあ、俺もあこがれてたけど。

クラスメイトの声に、カナは頷いた。


「大好きで、憧れてる先輩だよ」


カナの声はか細くて、小さくて、弱々しいけれど、でも芯のある言葉だった。

それほどその先輩のことを思っているのだろうと思った。
< 224 / 274 >

この作品をシェア

pagetop