きみに触れられない
お父さんの車に乗り込んで、私たちは大学病院へ向かった。

「でも、驚きだな」

運転しながらお父さんは言う。


「まさか美咲が『お願い』してくるなんて。

それも『一生に一度』なんて」


思ってもいなかったよ、とお父さんは言う。


実際私は今まで「おねだり」に関することは一度もしてこなかった。

お願い、なんて言葉も今まで言ってこなかった。

それはお父さんもお母さんも忙しいって分かってたから。

大好きな2人の迷惑になることはしたくないって思ったから。


それに、そんな『お願い』なんてしなくても、二人が私を愛してくれているのならそれでいいと思っていたから。


私は「そうだね」とつぶやくように答えた。


「…友達の、ことだから」


私は照れくさくて目を逸らす。

お父さんは微笑んでいるように見えた。


「……お父さんは焦ってないの?患者の容体が悪化してるんだよ?」


いじわるな口調でそういうと「そりゃあ焦ってるさ」とお父さんは答えた。


「心配で仕方がない」


お父さんはまっすぐ前を見つめながら言った。


「だけど焦って前が見えなくなると、助けたいものも助けられなくなるから、焦らないように気持ちを落ち着けるんだよ」


それから少しだけ私を見て微笑んだ。


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