きみに触れられない
「父さんは医者だけど、自分にできることなんて限られているんだ。

だからこそ自分にできることが100%できるように、自分の役割を全うできるように、そのためのことを考えているんだよ」


なんだかすうっと胸に落ちていくみたいに言葉が流れ込んだ。

それは変に焦っていた心を落ち着けていった。

ふっと肩に入っていた余計な力が抜けていくようだった。


ハルのために私にできること。


大学病院に着くまで、私はそれをずっと考えていた。

車内には音楽も、ラジオの音も響かず、ただ車が走る音だけが聞こえてきた。


大学病院の5階に着くと、なんだか騒がしかった。

「すいません。遅れました」

「いえ、こちらです」


お父さんは荷物を医局に置くとすぐに白衣を着ると病室に向かった。

「あれ、美咲ちゃん」

医局の先生たちは驚いたように私を見た。

「無理を言ってついてきました。みなさんの迷惑は絶対かけないので、いさせてください」

頭を下げると、先生たちは微笑んで「美咲ちゃんは変わったね」と言った。


最近よく『変わったね』と言われる。

カナからも、両親からも、ここの先生たちからも。

けれどそれはすべてハルのおかげだ。

ハルがいてくれたから。

言葉を、勇気をくれたから。


そんなハルのために、私ができることって何だろう。
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