きみに触れられない
「医療現場は大変だぞー」とお父さんは笑う。

笑って言うけど、本当は笑っていられない状況なのだろう。

「最近も忙しいの?」

するとお父さんは「そうだなあ」と頷いた。

「最近は美咲と同じ高校生の男の子の様子を見てるなあ」

「高校生の男の子?」

「ああ、交通事故で昏睡状態になったらしい。最近こっちに転院してきたんだ」

交通事故で、昏睡に。

「生きている。でも意識はない。眠り続けているよ、彼は」

意識が戻ったらいいんだけど、とお父さんは溜め息を吐いた。

「ああ、そうだ!」

突然お母さんが大きな声を出した。

「隣の塩谷くんのお母さんから聞いたけど、今日、進路希望調査の提出日だったそうじゃない!お母さん、知らなかったわよ」

「ごめん、ごめん言い忘れてた」

嘘。

言わなかったの。言えなかったから。

ごめんね、と心の中で謝る。

「で、なんて書いたの?」

「…お父さんと同じところ」

そう言ったら、お父さんは嬉しそうな顔をした。

「目指すのなら頑張りなさい」

胸がぎゅっと痛くなった。

今日もらったばかりの真っ白な進路希望調査の紙を思い出した。

まだ何も、書いていない。

まっさらなままだ。


「もう、行かなくちゃ」

時計を見て、塾に行くことを思い出す。

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