きみに触れられない
「もうそんな時間か」

忙しいな、とお父さんが言う。

「送って行こうか?」と言ってくれるお母さんに「大丈夫」と断った。

「二人とも、明日も朝早いんでしょ?」

大丈夫だよ、と念を押して私は塾に向かうことにした。

「気を付けてね」と心配そうなお母さんに、「行ってきます」と笑顔で言葉を返すと家を出た。

バタンと玄関のドアが閉まって、私は足を止めた。


__あの日描いた夢を、まだ私は追いかけている。

あの日の私はその夢を手にいれたかった。

手に入れたくて、でも手を伸ばしても簡単には届かないと知って、もがいて、苦しくて、それでも必死に手を伸ばし続けた。

手を伸ばし続けて、ふと思った。

本当に私は心からそれを望んで手を伸ばしているんだっけ、と。

今の私は意気揚々と、あるいは必死に、あの日から続くレールの上を歩いているわけじゃない。


ただ、歩いているだけ。


淡々と、毎日決められた距離を、確実に、何も考えずに、ただ歩いている。

続くレールはあまりに長くて、出発地点も、到着地点も、もう何も見えなくて。

自分がそう望んで歩いているのか、もう戻れないからしかたなく歩いているのか、もう分からない。


ただ、歩いている。


情けないくらいに、その事実だけが今の私だ。

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