きみに触れられない
職員室から教室に近づくにつれて騒がしい声はどんどん大きくなる。

一歩足を進める度に私は焦っていた。

__きっと、川島さんと話す機会は、今しかない。

分かっているのに、何も話すことができない。


好きな食べ物は何ですか。

好きな歌は何ですか。

朝読んでいた本のタイトルは何ですか。


そんな質問ばかり頭に浮かんで、だけど、そんな質問をしたところでどうするんだと冷めた自分がバッサリ切り捨てて。


話さなきゃ。

話して、言うんだ。

ハルに、できたよって。

話せたよって、報告したいのに。


結局何も言えないまま、クラスが見えてきた。

何もできなかったと俯くと、「米山さん」と呼ばれた。

顔を上げると川島さんがまっすぐな目で見つめていた。


「あたしが手伝わない方が良かった?」


「え…?」


「米山さん、あたしといるとすごく辛そう。思い詰めたような顔をしてるから」


川島さんは眉を下げて少し笑って言う。


「あたし、米山さんに嫌われてるのかな?」


でもそれはショックを受けているような顔であったし、それを隠すような顔であった。


「違…」

「大丈夫。嫌いなら嫌いでいいの。あたし、もう迷惑かけないから」


じゃあ、と言い残すと川島さんは教室に戻っていった。

さっきまで川島さんがいた場所を見つめながら私は立ちすくんでいた。
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