きみに触れられない
『わかんねえけど、ミサがいて、おとうさんがいて、おかあさんがいて、まいにちごはんたべて、よるはほしをみて、それで、たのしかったらいい!』

それからにっこり笑った。

今も昔も変わらない、白い歯を見せるカナの笑顔。

期待していた答えではなかったけれど、その笑顔を見ていると妙に納得できた。

確かに、それもいいのかもしれないと思った。


夕焼けに染まる街の中、見上げた空のオレンジが好きだと思った。


__他愛もない、幼い頃の思い出だ。





「ミーサ」

綾芽ちゃんが私を呼ぶ。

「あ、なに?どうしたの?」

すると綾芽ちゃんは心配そうに手を腰に当ててため息を吐いた。

「どうしたの、じゃないでしょ」

それからずいっとその整った顔を私に寄せる。


「さっきから問題も解かず、読書もせず、何ぼうっとしてるの」

何をしていたのかこっちが聞きたいくらいだと綾芽ちゃんは言う。

慌てて広げていたノートを見れば、確かに何も書いていなかった。

解いていたはずの数学の問題は途中で終わっている。


「ほんとだ、何ぼうっとしていたんだろう」


私が呟くようにそう言えば、本当に、と綾芽ちゃんはまた溜息を吐いた。
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