きみに触れられない
「後悔するのが、怖いの?」

私がこんなにも理不尽に怒っているのに、ハルは穏やかな声で尋ねる。


「…後悔するのは、怖いよ。

だけど、それと同じくらい、期待を裏切るのが怖いんだよ!」


拳をぎゅっと握った。


『美咲はお父さんみたいな脳外科医になるんだもんね』

脳裏をよぎる、母の言葉。


『目指すのなら、頑張りなさい』

嬉しそうな顔をする、父。


『今週中には出してくれる?』

担任が優しいのも、きっと私が医学部に進むと期待しているから。


みんなが、期待してる。

私が医学部に進んで、脳外科医になることを、期待してる。


期待を一身に背負えること。

それはすごく嬉しくて、ありがたくて、きっとこんなに心強いことはないのだろう。


だけど今の私には、それはすごく重くのしかかる。

押しつぶされてしまいそうなほど。


その重荷を背負って、果てなく続くレールの上を歩くのは、もう辛くて。


でも、今更投げ出せなくて。



「先生も、お父さんも、お母さんも、みんなみんな、私がお父さんみたいに脳外科医になるんだって期待してる!

その期待を裏切るようなことはしたくない!だけど、後悔なんてしたくない!」


この矛盾を、抱える二つの気持ちを、もう、自分でもどうしたらいいのか分からない。

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