懺悔
どれだけ叫んでも暴れても、何も変わらない。
肩を染め上げていた鮮血は、いつしか赤黒く色を変えていた。
どうやら血は止まったみたいだった。
秋生はそんな事よりも、ただ一つの考えが頭に浮かんでいた。
その考えは居座り続け思考を占領していた。
自分の声は聞こえるのに、暴れた時の音が全くしないのだ。
いや、しないんじゃない。
聞こえないんだと…。
だとしたら、肩を染め上げていた、あの血は耳からだったとしたら?
自分の耳はどうなっているんだろう?
そんな事ばかり考えているせいか、暑さのせいか、汗は尋常さを超えているようだった。

「なにが目的なんだよ…。」

秋生は天を仰いだ。
そこで初めて天井を見た。
暗くてイマイチよくわからないが五、六メートル程の高さに二階部分があるように見えた。
二階部分の床は網状になっている。
その奥は暗く天井に吸い上げられそうな気がして、秋生は顔を下げた。

あの日、あの子が死んだ、あの夜も、月も星もない、こんな深い暗闇だったと秋生は思い出した。
あの日から一度もあの夜の事を忘れたことはない。
誰も信じなくても、秋生は後悔し続けた二年間だった。

「水穂…。」

秋生が呟いた瞬間、目の前が眩しく光った。
先程、秋生を照らしたライトの様に左前方15メートル程先に立っている男が見えた。
いや、立っているのではない、立たされていると言う方が正しかった。

「隼…??」

秋生は目を細め男を見た。
その男が当時あのグループのリーダー格だった隼とわかり、この状況が復讐だと秋生の中で確定した。
隼もまた自分と同じ様に意識がないように思えた。
手は秋生と同じ様に後ろに縛られていた。
秋生と違うところは、丁度胸あたりで腕と体をグルグル巻きにされていた。
そのロープは上に繋がっていて、隼の体を吊るしていた。
そのロープとは別にもう一本のロープも、隼の体から繋がっている。

『あのロープは、なんだ?』

隼は、まだ意識はないのかグッタリとこうべを垂れていた。
いや、もう既に死んでいるのかもしれないと秋生は思った。

「隼!!おい、隼!起きろ!!」

無我夢中で叫んだ。
何度か隼の名前を叫ぶと、大きく隼の体がビクッと震えると、ゆっくり隼は頭を上げた。
秋生は叫んでいた声を止めた。
頭を上げた隼の首にロープがかけられている。
もう一本のロープがそれだとわかる。
それよりも、隼の目が潰されているのか、真っ赤な涙を流してる様に、隼の両目からおびただしい量の血が流れている。
だとしたら、やはり自分の耳は目の前の隼の様に…。
秋生を強く目を閉じた。
隼に自分の存在を知らせるべきか悩んだ。
あの日から会っていない。
隼は当時、秋生より二つ上の19歳だった。
たった二つしか変わらないのに、学生と、そうじゃない者の壁は厚く逆らう奴はいなかった。
あの頃は皆、それぞれが未成年だった為、法律に守られ法律で裁かれなかった。
転々とした秋生には、その後あいつらがどう生きていたなんて知らない。
長く感じた二年間は、実際には短く、隼の外見はあの頃とあまり変わらない。
その容姿は、二年前に簡単に引き戻すほど、秋生を硬直させた。

秋生は決意したのか目を開けると、思いっきり隼の名を叫んだ。
「誰だ?」
何か言ってる…口が動いている。
なのに、秋生には何も聞こえてこない。
声が小さいのかと思い、もっと大きい声で言ってくれと頼んだ。
けれどやはり何も聞こえない。
これで、秋生の耳が潰されていることが決定し、秋生は落胆した。

「隼、俺だよ。秋生だ…。」
聞こえているかわからないが、秋生は大きな声で言った。
その声はちゃんと隼に届いたらしく秋生の方に体を向けた。
「秋生…?あぁあん時の…。これ、なんだよ?どーゆー事だ!?」
秋生は少しでも隼が言っている事を理解しようと、唇の動きを見た。
けれど、その殆どがわからない。
唇の動きが止まったので秋生は再び話し出した。
「俺は耳を潰されて、お前の声が聞こえない。」
「っじゃ…お、俺は…?」
〈お・れ・は〉
だけが理解出来、秋生は目の事だと、目の事を言っているのだとわかった。
けれど、潰されているよなんて言えなかった。
「落ち着いて聞いて。お前の足元は凄く不安定に見えるんだ。」
秋生の言葉を聞いた隼は足元を動かし、足元を確かめた。
隼の足元は台の上に、無数の棒が立てられ土台が作られていた。
棒状は鉄でできているのか、冷たい光沢を放っている。
秋生がその土台を見てると一番端の、鉄の棒が一本、ストンと真下に落ちた。
「今の音なんだよ!?」
隼が何かを叫んだ。
「隼!おい、隼聞け!」
秋生の声を聞こうと隼は早くなる息を落ち着かせた。
「今一番端の棒が一本落ちたんだ。」
隼の顔が困惑に満ちた。
「お前の足元は無数の棒が集まって土台になってる。もしかしたら、それが崩れたらお前…。」
死ぬかもしれない。とは、言えなかった。
「なんだよ?!俺がどうなる?」
「お前の首にロープがかかってる…だから、動くな。じっとしてろ。いいな?」
隼は震えながら、小さく何度も首を縦に振った。


< 2 / 15 >

この作品をシェア

pagetop