それを愛と呼ぶのなら
ここを出て行くことに、寂しさなんてないんだから。


キャリーバッグを手に家を出た私の心は晴れやかで、いつもはうざったい太陽の光も今日は然程気にならなくて。

歩き慣れた道を踏みしめる足は軽く、約束の東京駅まではあっという間だった。


新幹線に乗って大阪に来て、街の雰囲気や何もかもが東京とは違って。

慣れないことばっかりの1日だったけど、悪くなかった。

疲れたけど、嫌な疲れじゃないんだもの。

それってきっと、楽しかったってことでしょう?


「……今日みたいな明日だったらいいな」


もはや寝言のようなか細い声が、湯気の立ち込める浴室に響いた。




スウェットに着替えた私は、眠気と闘いながら真尋の元へと戻った。


「お風呂、ありがと……」

「ん。……って、眠いのか?」

「……ん」


重い瞼を擦りながら、真尋の前に立つ。

すると真尋は、ふっと笑って私の頭に手を乗せた。


「電気消して、今日はもう寝ろ。歯磨いた?」

「……ん」

「よし」


はっきりとしない意識の中、手のひらにぬくもりを感じる。そのまま手を引かれ、ベッドまで連れられた。


「おやすみ、葵」


そう言って離された手。パチン、という音と共に消された電気に、真尋の気配が少し遠くなった気がした。


おやすみ……おやすみかぁ。

いつぶりに言われたかなぁ。


「おやすみ……まひ……ろ」


ベッドに体を預けた刹那、私の意識は完全に途切れた。


< 34 / 165 >

この作品をシェア

pagetop