紳士的な狼の求愛
戸惑っていると、商品部フロアの入り口から、テンション高めの声が響いてきた。
「橘バイヤー、これ、以前お願いされてた、化粧品と美容系食品のコラボ売り場の写真ですっ」
入り口付近で、原田君がうちのコスメ担当女性バイヤーの橘綾乃ちゃんを呼び出し、ニコニコ、いや、デレデレして資料を渡している。
「……って、あれ、指輪。キレイですねー。よくお似合いで……。え?
…………のえぇぇっ⁉︎ こ、婚約っ⁉︎」
原田君、大ショック。
綾乃ちゃんは、最近、社内の男と婚約した。
以前、別の恋に苦しんでたのを見てきたから、いい男と結婚できることになって、本当に良かった。
……私のようには、なってほしくなかったから。
20代後半の恋愛で失敗して、臆病になって、恋愛から背を向けて仕事に生きてる私みたいには、なってほしくなかった。
「何やってんだ、あいつ……」
私はつぶやく有馬くんを横目に見ながらクレームをつける。
「あなたのとこの営業さん、うちのバイヤーに猛アプローチしてたんですけど、どうお考えですか?」
本人は恋人に夢中で全然気づいていなかったけれど。
「直接の担当じゃないみたいだから、ギリOK?」
笑いを含んだフランクな口調に、一気に距離が縮められたのを感じ、心臓がトクン、とした。
慌てて、トクン、を押し殺し、クールに言い放つ。
「モラルとしていかがなものかと思いますが」
「んー、恋愛しちゃうと、モラルとか気にしてられないんじゃない? 原田、まだ若いし」
また、トクン、がやってきた。
……まずいなぁ、これ。