僕が君の愛

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 腰を下ろしたソファーは柔らかく、力の抜けてしまった加織の身体を包みこんで沈んでゆく。来るのではなかった……そんな思いが加織の胸の中に浮かぶ。
 先日、思わぬ言葉を肇から告げられ、2週間が過ぎていた。その間、店に赴く事もなく、肇へ連絡をすることもしなかった。自分の仕事が忙しく、残業続きで時間が取れなかったと言う理由もあるが、それだけではないことも加織は分かっていた。

 2週間。加織は煙草を一度も口にしてはいない。
 肇と葉巻を共有した時に感じた、あの濃厚な香りに捕らわれてしまうことに畏怖の念はあった。しかし、あの時感じた香りが違うもので消されてしまうことも嫌だったのだ。そう思うと煙草に手が伸びることはなく。ある意味、肇の掲げた脱煙草は成功していると言っていいかもしれない。
 自身の中で両極端の考えが浮かんでは消える。その繰り返し。
 あの香りに身動きがとれないほど、心も身体も囚われたい。しかし、消化することのできないモノを抱えながら、底の見えない海へ飛びこむことへの恐怖は拭えない。
 言葉遊びのような甘い台詞と唇への愛撫。それを喜び、肇の全てを信用し、手放しで彼の胸には飛び込めない。今までの経験や知識が邪魔をする。何も知らない少女では、もうないのだから。
 肇の左手の薬指に光る指輪。小さくも大きな存在。
 初めて出会ったときから、その存在には気づいていた。だからこそ、肇に対して芽生えた淡いほのかな思いは胸にしまっておいた。肇の胸に飛び込めば、加織が望む幸せは、絶対に手に入らないとわかっているから。
 決して、同じ轍は二度と踏まない。

 いっそのこと、この店からも肇からも離れてしまえばいいのだが。その決断すら下せない。

 こんな状態をいつまでも続けている訳にはいかない。そう悩みに悩んだ結果、店の前で1人格闘する羽目になってしまったのだが。全てが加織の杞憂だったのだと先程理解した。

 相手は一回り以上も年上。飲食店のオーナーをしている人生経験豊富な男性。
 自分は数多く訪れる客の1人。
 それが現実だったのだと。
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