僕が君の愛
4・乱用される職権
目の前に並ぶのは、明良が手掛けたであろう多くの料理。いつもならば。頬を膨らませ、舌鼓みを鳴らしながら、至福の時を堪能したであろうが。
今の加織に、食事を愉しむだけの余裕はなかった。適度な笑みを浮かべることに集中しなければ、自身の顔が困惑に満ちたモノになるのは、想像に難しくないからだ。もちろん。犬養が投げてくる話題には、当たり障りない言葉を返すことも怠ってはいない。
カシューナッツがふんだんにかけられたスモークチキンのシーザーサラダも。大きなしま海老とはまぐりのオイルソースパスタも。ただ咀嚼し、嚥下するのみ。作り主である明良に申し訳ない気持ちはあるが。今回は大目に見てもらいたいと加織は願う。
入店の際、加織が歓迎の声を掛けられて以来。カウンター内から、肇が言葉を投げてくること、ましてや、姿を見せることも一度としてなかった。加織と犬養への接客は全て、明良が行っていたからだ。
座った席も、加織が睨んだ通り。人目を引かない隅の場所を選んだため、肇の視線を気にすることもない。
接客に来た明良も然りだった。営業時間が夜をメインとするシガーバー故だろう。人を――異性を初めて連れ、来店した加織に対し、常連客として接してくることはない。初来店の客である犬養と同等に扱い、振る舞いを見せていた。それが、加織には非常にありがたく。また、現状を整理し、考えるだけの余裕を、加織にもたらせていた。
加織は思う。
何故、肇の視線を、眸に隠れる熱を。自身がこれ程までに気にかけているのかと。
加織が肇へ愛を乞い、軽くあしらわれた訳ではない。肇の香りと甘い言葉に、妙な期待を抱いてしまい、心が乱されたのは事実だ。だが、それは肇が知るところではないはず。加織がひとり勝手に舞い上がり、そして突き落とされただけだ。恥じることなどではないのである。
むしろ、まだ20代の女性を紛らわしくも惑わせた、ひと回りも年上の肇に責があるのではないか。いくらそれが接客業の、リップサービスの延長であったとしてもだ。