僕が君の愛

 風から身を守る様に、肩から掛けていたストールをかき寄せる。もう5月だと言うのに。日が姿を消そうとするこの時刻。身体を撫でる風は、体温を奪い取るように冷たかった。
 目的地までは、あと数百メートル。駅前からひとつ中に入った通りを、世話しないピンヒールの音が響く。それは、10センチはあろうかと思われるヒールを履き、暖かい場所を目指した江馬 加織《えま かおり》の足の運びが早くなったことを知らせるものだった。

 いつから通い始めたのだろう。当人である加織ですら、はっきりと記憶してはいない。けれど。週に1・2回の頻度で、加織は今目指している店に顔を出している。事務職員としての毎日を頑張っている自分へ、ご褒美の場所だった。

 最近では、禁煙ブームの熱が高くなり、喫煙ができる飲食店は少なくなってきている。一服したいと思い立っても、店舗が見つけられず諦める羽目になることは珍しくない。
 加織がこの店を見つけ、初めて足を踏み入れたのも、偶然だった。その日。突発的な出来事によって、加織の予定は全て白紙にされてしまった。更には、慣れていると言えるものの、一向に納得はできない罵声を浴びせられ。お陰で毛羽だった気持ちを落ち着かせようと、喫煙場所を探し、煙草を手に通りを歩いていた時。目にとまったのだ。木製のドアにぶら下げられた、烏《からす》が葉巻を咥えているブロンドのプレートに。

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