僕が君の愛

 犬養の言葉に、肇の眸が大きくなる。事情を知るものが見たならば、演技のような……それは酷く大げさに。
 犬養には、加織が与える印象と葉巻とが繋がらなかった故の驚きと捉えられたであろうが。加織は違った。肇の見開かれた眸に見つめられ、完璧に纏ったはずの化粧と言う鎧が、危うく崩れそうになるのを感じていた。
 加織は必死で引き止める。今までのように、自分は流されはしないと。
 自身の心を叱責し立て、「お願いします」と極上の笑顔を共に肇へ送る。
 肇も。驚きを一瞬で治め、唇で弧を描く。去ってゆく肇の後姿を眺める加織は、大きく息を吐き出していた。たった数分の接触にも関わらず。まして、ふたりきりではないにも関わらずだ。
 緊張のためなのか、それとも……。
 理由などは知らない。ただ、加織の心臓は早鐘のように打っていた。

 ※※※※※※

 数分後、1本の葉巻を手に、肇は再び姿を現せた。葉巻の特徴を説明し、犬養が納得の様をみせるとカットの必要性の有無を確認する。犬養はカットを肇に委ね、フラットが好みだと伝える。それに従い、肇がカットした葉巻を手渡した。しかし、肇が手にしていた葉巻は犬養に渡したもののみだ。注文したはずである加織の葉巻を、肇は持ってはいなかった。
 疑問を感じたのだろう、犬養が再び口を開く。

「彼女の葉巻もお願いしたはずだけれども?」

 犬養と加織が向かい合い挟めているテーブルの横に立つ肇。右、左と一度ずつ。ゆっくりと犬養、加織へ顔を向けた。
 蠱惑的な表情とは、これを言うのだろう。まるで見本のような肇の笑顔がそこにあった。異性までならず同性までも虜にしてしまいそうな、深みのある笑顔。
 その姿に、犬養も加織も言葉を失う。
 不意に。肇が加織に一歩近づき、肩に触れた。肇の掌の温度が、加織に伝わる。それは、服を通しているにも関わらず、ひどく熱く感じられるものだった。肇の熱が、加織の身体に伝わり分け与える。ふたりの距離は、オーナーと客としては不自然なモノとなる。
 肇は、加織から視線を逸らすことなく見つめた。肇の眸に移る自身の姿に、加織は堪らず口を開こうとした瞬間。肇が言葉を紡ぐ。低く、甘い声で。

「加織。君はここに来ては駄目だろう。約束を忘れたのかい?」
「……何をおっしゃっているんですか?」

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