僕が君の愛

 直ぐに。加織が事実を受け入れることは、出来なかった。『彼』を信じよう、信じたい、信じなければ。陽炎と分かりながらも、必死で『彼』に縋り付いた。しかし。所詮は陽炎だ。その思いを、願いを。加織は最後まで貫くことが出来なかった。
 ひとり、自宅で煙草に火を灯し、紫煙を眺める。彼を感じ、思い出しながら。今、彼は何をしているのだろうと。誰を思っているのだろうかと。
 想像の中で現れる綺麗な妻と可愛らしい子供。ふたりに囲まれ、笑みを浮かべる『彼』。『彼』は妻に愛を囁くだろう。愛する子供に、愛おしい眼差しを向けるのだろう。幸せの象徴である家庭。そこに、加織の存在はない。むしろ、その幸せを壊す程、大きくも醜い染みでしかないと。
 気づけば、空しさに涙する日々が続いた。このままでは自分は駄目になる。加織は、彼と別れることを決意した。と同時に。今の自分と別れを告げることも。
 自分を慈しみ、愛してくれる唯一の人には出会いたい。だが、自身を曝け出し傷つくのは恐い。これ以上にないほど。故に、化粧と言う鎧を身に纏い、素の自分を隠した。
 惨めに、膝を抱え涙する恋は二度としないために――。

 加織が大事に、大事に。自身の宝箱にしまっていたのは。彼が忘れていった甘い思い出ではない。『彼』によって付けられた傷を抱えながら小さく蹲る加織自身だったのだ。だからこそ、忘れられなかった。

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