僕が君の愛
「いらっしゃい」
加織の目の前に。習慣の様に、変わらず。コースターと炭酸水が置かれる。だが、加織に向けられている肇の視線は違っていた。今までにないほどに、甘く柔らかいものなのは、誰が見ても明らかなものであった。
肇に負けず劣らずに優しげな笑みを向けた加織の耳に、大きな溜め息が届く。聞こえた方向へと加織が視線を向ければ、その溜め息の主が。先程まで、肇と会話を勤しんでいた男性客が、頬杖を付き加織を眺めていた。
「肇、念願かなって上手くいったことは友人として喜ばしいが。ここは仕事場だ。そのしまりのない顔と駄々漏れている甘い雰囲気をどうにかしたらどうだろうか」
「気に入らないのならば、帰っていただいて結構だよ、喜多」
肇の、遠慮ない言葉に、喜多と呼ばれた男性は肩を竦めて見せた。明良に接しているのとは違う気心の知れた相手に対する肇の態度を目の当たりにし、加織は思わす笑みを溢す。
その様を眺め、眸を細めた喜多が口を開いた。いつの間にか、加織の隣の椅子へと身体を移動させて。
「改めまして。ワタクシ、この隣のビルの2階で探偵事務所を構えてます、喜多《きた》と言います。一昨日のあの時も、店内に居たんですよ」
加織が、目の前に差し出された喜多の手を握ろうとした瞬間。肇の咳払いが響く。肇が、視線を喜多に流し、言葉よりも鋭く視線でそれを制する。あっけに取られる加織に構うことなく、肇はカウンターから身を乗り出し、加織の手を自身のそれで包み込む。