僕が君の愛
 夕食を済ませた瑤子は、同居人に食器洗いを委ね、満足気に少しだけ膨らんだ自身の腹部を撫でる。本日の献立はヒジキ入りのつくねに、白菜のサラダ、キャベツの中華風スープだ。瑤子が作ったそれらを、どれも美味しいと言いながら、同居人がペロリと平らげた。お蔭で。瑤子は、空腹感だけではなく、心の真ん中も、ホクホクと温かいもので満たされている。
 現在、学期初めの慌ただしさも落ち着き、実習期間まではまだ時間がある。ゆったりと自由に自分の時間を堪能出来る貴重な時期だった。
 ソファーに背を預け、軽く首を回しながら。瑤子は撮り溜めているドラマの録画を消化するか、風呂場へ向かおうか、思案していた。

 瞬間。瑤子の携帯電話が着信を知らせた。表示されている名前を確認すれば、弟の名前が。何事かと思い、通話ボタンを押した瑤子の耳に届いた声は、予想していたものとは全く違うものであった。

『こんばんは。突然すみません。私、明良君が勤めるシガーバーのオーナー、烏丸です。ご無沙汰しています』
「え……あぁ。烏丸さん。こんばんは、明良がいつもお世話になっています」

 動揺しながらも。相手から受けた丁寧な挨拶に、瑤子は返答する。携帯電話を耳から離し、表示されている画面を確認すれば。やはりそこには自身の弟の名前が表記されていた。瑤子は思わず首を傾げる。
 キッチンから、瑤子の様を眺めていた同居人は、水を止め手を拭いながら瑤子へと歩み寄る。電話を受け取った瑤子の様子に違和感を感じたからだ。言葉にはせず、表情だけでどうしたのかと同居人は瑤子に尋ねる。
 自身でも整理の付かない瑤子は同居人を満足させられるだけの答えを持ち合わせていない。ただ、首を傾げたまま瞬きを繰り返す。まさか、弟が何かの事故に巻き込まれたのではないか……。数年前の記憶と共に、嫌な予感が過ぎったその時、携帯電話からやや早口ではあるが、力のある低い声が瑤子の耳に届けられる。

『鷹橋さん、実は急遽お力になっていただきたいことがありまして』
「私がですか?もしかして、弟に何か?」
『いえ、明良君は全く関係がありません。緊急だったもので、明良君の携帯電話を拝借しました』
「あ……そうだったんですか」
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