僕が君の愛

 肇の答えを聞き、瑤子は胸を撫で下ろす。明良の身に起こった数年前の事件。無意識のにそれを思い出していたからだ。
 未だに、目の前で心配の色を浮かべる同居人に、瑤子はとりあえず笑顔を向ける。『大丈夫だ』と伝えるために。2度確認し、同居人は再びキッチンへと戻って行った。
 同居人の後姿を目で追いながら、瑤子は言葉を続ける。

「それで、私に何を?」
『鷹橋さんが勤務なさっている看護学校に、江馬加織と言う事務職員がいますよね?』

 瑤子は、肇の質問に対し瞬時に答えることが出来なかった。あまりにも予想外であったためなのか。明良の身に問題があった訳ではないと安堵したためだったのか。原因はわからない。だが、沈黙の時間を与えてしまったことによって、瑤子が言葉で答えなくとも、十分相手が納得するだけの答えを渡してしまったことは確かだった。
 諦めの溜め息を瑤子は小さく零す。

「どうして私の勤務先と江馬さんの勤務先が同じだと?明良に聞きましたか?」
『いえ。明良からは姉が看護学校で教員をしているとしか。江馬さんは、私が手がけているシガーバーの常連客でして。会話の中で彼女が看護学校で事務をしていると聞いていました。確認を取ったことはありませんが。この近辺の駅を利用する看護学校と言えば1つしかありませんから』

 あとは勘です。
 そう締めくくった肇の言葉に、瑤子は再び諦めの溜め息を零した。数回しか会ったことはないが。流石に、ひとつの店を経営し、売り上げを落とすことなく右肩上がりに維持しているだけのことはある。肇の度胸と洞察力は侮りがたいと、瑤子は感じていた。

「確かに。江馬さんとは同僚です。それが何か?」
『彼女の自宅を教えていただけないでしょうか?』

 瑤子は返す言葉を失っていた。今度の原因ははっきりとしている。あまりにも予想外であり、ひどく驚いたからだ。

「江馬さん本人に確認してはいかがですか?彼女、常連客なんですよね?」
『実は、それが出来ない状況なんです。ですが、今ここで彼女を追いかけなければ、私は彼女を一生失ってしまう可能性があります』
「でも……」

 瑤子の言葉を遮り、肇が言葉を紡ぐ。

『不躾なお願いなのは重々承知しています。ですが、お願いします。鷹橋さんには決してご迷惑をお掛けしません。約束します、ですから……』
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