僕が君の愛
「やめてしまえばいいのに。煙草なんて」
「シガーバーのオーナーが言う台詞じゃないですよ。それに。簡単に捨てられるのなら、苦労はしません」
加織はわざと唇を少し尖らせる。不満げな表情を肇に見せ、出されたカルパッチョを頬張った。肇が返す苦笑を眺め、加織は眸を細める。
不意に。灰皿で燻っている煙草が視界に入った。食事の手を止め、伸ばした自身の指先を眺め、加織は思う。今夜はネイルのケアをしようと。
加織の、容姿に対する気遣いは、周囲からも一目置かれるほどだった。メイクもファッションも手を抜かない。女に生まれたからには、自身を輝かせるための時間を惜しむのは罪だ。それが加織の持論であったからだ。
外見だけではない。加織の持論は、恋愛に対しても同じであった。唯一の人として愛され、大事にしてもらうことが女性の幸せであると。どこで、誰が自身を一番幸せにしてくれる相手なのかは分からない。必ず見つけられる保証もないのだから、積極的に多くの異性と付き合う。声を掛けられれば、躊躇はしない。故に、交際相手がひとりとは限らなかった。未婚だからこそ無茶が出来るのだと口にしながら、2人・3人同時期に交際するのは当たり前。もちろん、加織を相手にする異性全員が加織の持論に賛成していたわけではない。加織の考えを変えようと試みて、摩擦が生じ問題が起こることも多々あったが。結果を出した者は今までにいなかった。
今まで出会い、別れた彼氏たちに未練はひとつもない。その場その場を一生懸命駆け抜けてきた加織には。しかし。加織を今のように変えてしまった最初の彼だけは、上手に消すことが出来ずにいた。
「煙草と葉巻は違うだろう。感じないかい?」
「それは思います。葉巻は匂いや味を楽しむ感じ」
「じゃあ、葉巻に乗り換えてしまえばいい」
肇がわずかに口角を上げ、片目を細めた。イタズラを思いついた子供のような表情。40代と言う年齢でこのチャーミングさは反則だと、いつも加織は思う。
頬が熱を帯びて居るような気がするが。店内が暖かいせいだと自身に言い聞かせ、加織は黙々と食事を進めた。