僕が君の愛

  ※※※※※※

「今日は、何がいいのかな?」

 食事を終えた加織に、肇が尋ねる。
 本来葉巻は、ウィスキーやブランデーと言ったお酒と併せるて楽しむ方が美味しいと言われている。しかし、残念なことに。全くといっていいほど、加織はお酒が飲めなかった。そのため、加織は肉料理などの濃い味付けの食事後に葉巻を楽しむことにしている。
 これも全て、肇が加織に与えた知識であった。

「モンテクリスト以外で、肇さんのお勧めをお願します」

 加織がそう答えると、肇は多種多様の葉巻が保存されているショーケースがある2階の奥へと姿を消した。再び姿を現せた時には1本の葉巻を手にして。
 肇の姿を目で追った加織は、必然的に店内をカウンターから見渡す形になった。どうやら、先程まで居たテーブル席のお客は、加織が食事を終える前に帰ったようだ。
 葉巻を持った肇がカウンターまで戻り、手にしたそれを加織に見せる。

「今日は。ロメオ y ジュリエッタはどうだろう」
「ロメオ y ジュリエッタ?」
「そう、『ロミオとジュリエット』と言う意味だよ」

 セドロ・デラックスにしてみたのだけれど、と言いながら、手渡された葉巻の匂いを加織は確かめる。嫌いな匂いではなかった。微笑みで頷く加織の姿を認め、肇も笑顔を返す。加織の手から戻ってきた葉巻を、肇は専用のナイフを使用しヘッドカットする。

 加織はこの作業が苦手だった。挟めるだけのカッターもあり、何度か挑戦してみたこともあったのだが。せっかくの葉巻が駄目になる姿を見ているうち、肇に任せるようになった。
 シガーカットをする際の、目を少し伏せ、長い睫毛が翳る肇の表情を見るのが好きだ、という気持ちも実はある。しかし、これは加織だけの心に留めていた。

 加織は用意されている専用のマッチに火を灯し、肇から渡された葉巻に近づける。葉巻全体に火が行渡ったのを確認してから、時間をかけてふかせ、紫煙を吐き出す。
 葉巻は同じ銘柄のものを吸っていても、1本1本の味も匂いも僅かに違う。そのせいなのだろうか。同じ紫煙でも、葉巻の煙を目にして彼を思い出すことはなかった。

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