Trap days!!
1
「泣かないでください」

く、と顔が近づいた。大きな瞳とそのままでも薄紅色の唇、小さな鼻。完璧な容姿とはこのことを言うのではないか、と思うほど。
淡々とした声音で夕哉を慰める彼女だが、そこに感情はこもっているのだろうか。まるで棒読み。そっけない積み木のような。

「そりゃ泣くよ……」
「どうしてです?」
「お前を好きな奴は俺の後輩なの!!」
「私が好きな人はあなたですよ」

それだよ。






伊東香奈は、最も理想の後輩だと上級生の間では有名である。昨今は敬語すら使えない、上級生なんてみんな友達などとほざいて暴走する後輩どもだが、彼女は別格だった。



「先輩」
「夕哉、伊東さん来てんぞ」
「えー……」

うんざり顔をしかめると隣の席の女子から上履きを踏まれ前の席の野郎からは頭をぶったたかれた。「なにこれいじめ」「うっせえ無礼者」「伊東さんと話したいんですけどあたし」

世界は理不尽で溢れている。しぶしぶ立ち上がり扉の前で佇んでいる彼女の元へ行くと、通常営業の平坦な声音で「合宿の用紙を集めてきました」と紙束を俺に突きつけた。

「ありがとな。……佐々木はなにしてんだ?」

バスケ部である俺は副キャプテンを務めている。キャプテンがポンコツだからこうした雑務は俺に回ってくる。やっぱり世界は理不尽だ。
佐々木は二年生のまとめ役。雑務戦隊ブルーみたいな立ち位置の奴なのだが。

「え? 息してますよ」
「当たり前のことは聞いてない」
「もうすこしで殺すところでした」
「いやいや待て待てお前は何者だよ」

きょとんと瞳を瞬かせる香奈が首を傾げるとさらりと黒髪が音を立てた。いつもはお下げにしているが今日は結っていない。

「佐々木さんに、先輩と会いたいから書類を渡しに行きますって言ったんです」
「お前なんてことを」

佐々木がこいつを好きな、俺の後輩だ。

「そしたら佐々木さんが形相を変えてやめてって言って」
「うん」
「ボールペンを突きつけたら」
「こえーよ」
「泣き始めました」
「なんで」
「先端恐怖症なんですよ」

こともなげに言い捨てる。意図せず佐々木の弱点を知ってしまった、……こいつこえー。

微妙な顔をしながらも紙束を受け取る。……が、香奈は動こうとしない。

「うん、まあ、ありがとな。助かった」
「いえ」
「……なんか他にも用あんの?」
「はい」

一歩距離を詰められた。ふわり、甘い香りがして一歩後ずさる。
む、とした顔をされる。わかりやすいやつだ。

「先輩」
「……なに」
「好きです」

またお前は。もう。


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