ベタベタに甘やかされるから何事かと思ったら、罠でした。
総務人事部の仕事は意外と多く、わりに人が少ない。私と鍋島さんを除けばあと6人しかいないスタッフで分担して業務をこなしていた。
「瀬尾さん今日契約書関係任せてもいい?」
「大丈夫ですよ」
そう答えて、レギュラーの業務に取り掛かろうとしたときだ。
「瀬尾さん」
聴き覚えのある声に名前を呼ばれて、ずんと気が重くなる。
「……ハイ」
「今少しいいですか?」
声をかけてきたのは、背が高くすらっとしていて、メタルフレームの眼鏡をかけた美丈夫。
「なんでしょうか、新田(にった)さん」
「少し来ていただいてもよろしいですか? ご相談が」
まだ30代半ばの彼は美しく微笑んでも様になる、綺麗な顔をしている。口調こそ穏やかだがNOと言わせる気がない。
「突然来られてそう言われても、困ります」
「そうですか。すみません……それならここで手短に」
そう言って微笑む裏で、目が〝お前がそれでいいならな〟と言っている。