ベタベタに甘やかされるから何事かと思ったら、罠でした。
「ふざけないでください」



ぴしゃりと言ってのけても彼の表情は少しも崩れない。私はイライラを隠せずに少し早口になる。



「用件は何ですか」

「社長がお呼びです」

「……」

「私の用事はそれだけですよ」

「……だから、行かないって言ってるじゃないですか……」



新田さんは社長秘書だ。つまり父の秘書。
彼は最近頻繁に総務人事部を訪れては、私に父からの伝言を届けにくる。“社長室に来い”としつこいほど私を呼び出すのは、勝手に祖父の家を出て行った私がそれきり電話にも出ていないからだろう。

だからといってこうも新田さんを毎日寄越されては、さすがに周りに変だと思われてしまう。一介の総務部員のもとに社長秘書が足繁く通うなんてやっぱりどう考えてもおかしい。



「さっさと行ってくださらないと、私も迷惑しているんですよ」



新田さんは嘆息して言う。
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