ベタベタに甘やかされるから何事かと思ったら、罠でした。
「……日奈子」

「私、もう絶対に家には帰らないから」



そう吐き捨てて、鋭い目に負けないように精一杯の軽蔑のまなざしを向けた。ふい、と顔を背けてそのまま喫茶店を出る。ただごとじゃない空気を感じ取っていたであろう店員が緊張した面持ちで「ありがとうございました」と言った。

店を出た瞬間に私は鞄からスマホを取り出した。

少しも迷わなかった。

どうせ彼の口から聞かない限り、何も納得することはできないんだ。



「……」



耳に押し当てているスマホから発信音が流れだす。彼が出ようか迷ったのかどうかはわからないけれど、ちょうど3コール目で電話は繋がった。



『もしもし。新田です』

「……」



ちっとも気まずそうじゃない声に、一瞬全部父の出まかせなんじゃないかと思った。

それならどんなにいいか。



『……日奈子さん?』

「新田さん、ひどいじゃないですか」

『ひどい?』

「約束。すっぽかすなんて」

『……あぁ。すみません、今晩でしたっけ』

「今朝自分が電話でそう言ったくせに」

『そうでしたかね』

「父の言っていたことは本当?」

『……』
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